仙台市議選で石垣のりこ新参院議員が共産党候補支援に。

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日本共産党と自民党が激しく競り合う仙台市議選(25日投票)で、日本共産党の田村智子副委員長・参院議員が21日、応援に駆け付け、党の8候補を何としても押し上げようと、若林区と太白区、青葉区の街頭などから訴えました。

青葉区では、7月の参院選で野党統一で勝利した石垣のりこ参院議員もマイクを握り、郡(こおり)和子市政を支える日本共産党候補8人を含めた23人への支援を訴えました。

田村氏は、石垣議員が党候補を応援する、かつてない選挙だと強調。

参院選後も消費税増税をあきらめない安倍政権を批判し、「消費税増税中止、大企業・富裕層にまともに課税せよと主張する日本共産党の勝利で増税を断念させましょう」と呼びかけました。

仙台市は、郡市政誕生で、学校へのエアコン設置や35人以下学級の前進など、市民の願いがかない始めたと述べ、この変化を前に進める政策「希望わく仙台―四つのプラン」を丁寧に紹介。

財源を示しているのは日本共産党だけだと強調し、暮らしを応援することで地元業者が潤い、地域経済も活性化すると訴えました。

田村氏は、仙台市から、市民と野党共闘で政治を変えようと呼びかけるとともに、「自民党も大量立候補で議席増を狙っています。こんなことを許すわけにはいきません。日本共産党を8議席に躍進させてください」と力を込めました。

各市議候補が「希望わく仙台―四つのプラン」を語り、支持を訴えました。


食料自給率が過去最低に。農業破壊を止め、命とくらしを守る農政への改革を。

農林水産省は、2018年度の食料自給率が17年度より1ポイント低下し37%(カロリーベース)になったと公表しました。

小数点以下もみると、大冷害に見舞われた1993年度の37・37%を下回り、37・33%と過去最低の水準です。

安倍政権は15年、食料自給率を25年度に45%へ引き上げる目標を決めています。

その達成どころか、逆に目標から遠ざかっており、政府の食料政策や農政のあり方が根本から問われています。

世界の食料需給が「中長期的にはひっ迫」と政府自身も予測しています。

そのもとで食料の6割以上を外国に依存していること自体、大問題です。

その低い自給率をさらに下げていることは、国民の生存条件を揺るがすものです。

農水省は18年度の自給率低下の主な要因に天候不順による小麦と大豆の生産減などを挙げています。

しかし、気象の変化などによる生産への影響だけでは、自給率低下が長期間続いていることの説明にはなりません。

国産が大半を占めるコメの消費減少に加え、農業の生産基盤の弱体化が、いよいよあらわになってきているのです。

とりわけ深刻なのは、農業生産の担い手の高齢化と急速な減少です。

最近10年間に農業経営体は32%減少し、そのテンポは早まっています。

農業を中心的に担う基幹的農業従事者は10年の205万人から19年の140万人へと減少し、その42%は70歳以上です。

近い将来、大量リタイアによる農業者の激減は避けられません。

耕作放棄地も年々増え、いまや全耕地面積の約1割に達しています。

歴代自民党政権がアメリカや財界の言いなりに食料を外国にゆだね、農産物の輸入自由化、農業切り捨ての政治を続けてきた結果です。

国内農業は、外国産と競合しない作物や分野に狭められ、多くの農業経営が成り立たなくされ、若者が安心して農業に就ける条件が著しく損なわれてきたのです。

安倍政権の6年半は、環太平洋連携協定(TPP)を強行し、日欧の経済連携協定(EPA)と合わせて畜産物などの輸入拡大に道を開いてきました。

「攻めの農政」と称する大規模化、競争力一辺倒の農政も、中小農家の離農を加速させ、中山間地の農地を荒廃させるなど生産基盤の弱体化に拍車をかけています。

この上、トランプ米政権に「ノー」といえない安倍政権が日米貿易交渉を続けて、新たな合意をすれば、日本農業を丸ごと売り渡すことになり、日本は食料自給の土台を決定的に壊されることになりかねません。

日本が食料自給率の回復・向上に踏み出すことは、国際社会に対する責務でもあります。

農業をつぶしてきた歴代自民党政権の農政の流れを根本から転換し、農業を本格的に立て直す方向で、政治と社会の力を総結集することが不可欠です。

輸入自由化路線をやめ、国内農業の増産を可能にする貿易ルール=食料主権を回復することが必要です。

国土条件をフルに生かした農林漁業の多面的な発展、価格保障や所得補償などによる農業経営条件の抜本的な改善、若者が安心して就農できる条件の整備などで大小多様な家族経営が成り立ち、農業の多様な担い手を大幅に増やすことなどが急務です。

昭和天皇拝謁記公開の詳報。侵略戦争の責任について国民的議論を。

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NHKがこのほど一部公表した田島道治初代宮内庁長官が昭和天皇とのやりとりを記録した手記(「拝謁記」)には、侵略戦争の責任をめぐる昭和天皇の極めて矛盾した心情がつづられています。

「しんぶん赤旗」入沢氏によるこの件についての具体的考察をご紹介します。

→田島氏の手記で注目されたのは、昭和天皇がサンフランシスコ平和条約発効後の日本の独立を祝う式典で戦争への「反省」の気持ちを表明したいと田島氏に伝えたものの、当時の吉田茂首相の反対で削除されたとされる部分です。

昭和天皇は生前、公には戦争への反省を表明したことは一度もありませんでした。

記者会見で戦争責任を問われても、「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしてないので、良くわかりませんから、そういう問題についてはお答ができかねます」(1975年10月31日)と回答を拒否していました。

手記によれば、昭和天皇は「私ハどうしても反省といふ字をどうしても入れねばと思ふ」(52年1月11日)などと強く希望しながら、吉田首相が「戦争を御始めになつた責任があるといはれる危険がある」などと反対し、昭和天皇が戦争への「反省」を述べた一節が削除されたとされます。

もし昭和天皇が戦争への「反省」を当時、曲がりなりにでも表明していれば、日本の行った戦争が「自存自衛の戦争」「アジア解放の戦争」だったなどの誤った歴史認識がいまだに「靖国派」などを中心に主張されている今日の状況が大きく変わっていた可能性があります。

昭和天皇の開戦責任を回避するため、吉田首相が昭和天皇の「反省」を封印した事実は重大です。

同時に、手記は、戦争への「反省」を述べながらも、自己弁護を繰り返し、陸海軍の統帥者として侵略戦争に直接の責任を負っていたことへの自覚がまったく見られない昭和天皇の姿を示すものとなっています。

例えば日本軍による南京虐殺事件(1937年)について昭和天皇は「ウスく聞いてはゐ(い)た」が、「此事(このこと)を注意もしなかつた」と、日本軍の蛮行を当初から知っていながら問題を放置していたことを語っています。

日米開戦(1941年)をめぐっても、自らが出席した「御前会議」で開戦が決定されたにもかかわらず、「平和を念じながら止められなかった」「東條内閣の時ハ既に病が進んで最早(もはや)どうすることも出来ぬといふ事になつてた」(51年12月14日)と述べているばかりか、「太平洋戦争ハ近衛が始めたといつてよいよ」(52年4月5日)と近衛文麿元首相に責任を全面転嫁しています。

さらに、戦局が絶望的になりながら無謀な戦争を継続したことについて「私ハ実ハ無条件降伏は矢張(やは)りいやで、どこかいゝ機会を見て早く平和ニ持つて行きたいと念願し、それには一寸(ちょっと)こちらが勝つたやうな時ニ其(その)時を見付けたいといふ念もあつた」(52年3月14日)と告白していますが、その結果、東京大空襲や沖縄戦、広島・長崎への原爆投下など筆舌に尽くしがたい惨禍を招いたことへの反省はうかがえません。

それどころか、終戦をもっと早くできなかったのかという疑問に対し、「事の実際としてハ下剋上(げこくじょう)でとても出来るものではなかつた」(51年12月17日)と述べて、自己の責任をあくまで否定しています。

今回の手記の公開を機に、侵略戦争の責任がどこにあったのか、昭和天皇の役割と責任はどうだったのか、改めて国民的な検討と議論が求められます。

手記にはさらに、昭和天皇がたびたび改憲と再軍備に言及し、「吉田ニハ再軍備の事ハ憲法を改正するべきだといふ事を質問するやうにでもいはん方がいゝだらうネー」(52年2月18日)などと述べ、田島氏から「憲法の手前そんな事ハいへませぬ」などといさめられたことも記録されています。

天皇の地位が戦前の「統治権の総攬(そうらん)者」から新憲法の下で「象徴」へと変わり、「国政に関する権能を有しない」ことになったことを昭和天皇が理解せず、戦前の元首意識を多分に残していたことをうかがわせる内容です。

今回、NHKが公開したのは、田島氏の計18冊の手帳・ノートの内容の一部にすぎません。

研究者や市民が触れることができるよう、内容を全面的に公開することが望まれます。(入沢隆文)


野党の新たな政権構想、政治を変えられる展望示せるかが次期総選挙のカギ。

日本共産党の小池晃書記局長は21日、ラジオ日本の「岩瀬恵子のスマートNEWS」に出演し、7月の参院選の結果や野党共闘の発展に向けた課題などを語りました。

小池氏は、参院選で自民・公明・維新などの改憲勢力が改憲発議に必要な「3分の2」を割りこんだことは「市民と野党の共闘の成果です」と強調。

共産党が2017年総選挙から得票数・得票率を前進させたことにふれ「次につながる重要な足がかりをつくりました」と話しました。

岩瀬氏は「投票率がものすごく低かった。これをどうにかしなければいけないですね」と提起。

小池氏は「日経」世論調査で投票に行かなかった理由で一番多かった回答が「政治や暮らしが変わると思えない」だったことをあげて、「自分の1票で新しい政治ができる希望を持てない。そこを乗りこえる展望を示すことが野党の課題だ」と発言しました。

その上で、次の総選挙では「野党の政権構想を示し、『こんな日本をつくる』と打ち出せるかどうかがカギを握る」と語り、共産党が野党連合政権に向けた話し合いをよびかけていると紹介。

20日に立憲民主党と国民民主党が衆参両院で統一会派結成に向けて合意したことについては「野党第1党が大きな力を持って与党と対峙(たいじ)することになれば国会運営を進める上では良いこと。共闘の前進を期待したい」と語りました。

小池氏は、10月からの消費税増税に向けて駆け込み需要すら起こっていないほど景気が冷え込んでいるとして、「国会で議論しないまま強行していいのか」「一回立ち止まって考えた方がいい」と述べ、閉会中審査での議論を主張しました。

安倍政権が徴用工問題への報復として貿易制限を拡大したことについて「政治的な問題の解決に経済を利用するのは絶対にやってはいけない。撤回すべき。日本経済にとっても大打撃だ」と批判。

両国政府は冷静な話し合いで解決していくべきだと語りました。




秋の臨時国会で改憲議論加速と安倍首相が世論に背を向け改憲執念。

安倍首相が先週、地元・山口県長門市で、「憲法の議論をいよいよ本格的に進めていくべき時を迎えている」と述べ、秋の臨時国会で、改憲議論を加速させることに執念を示しました。

安倍首相はその理由に、先の参院選で「勝利」したことをあげました。

しかし、参院選での国民の審判は、自民・公明の両党や日本維新の会などの改憲勢力に改憲案発議に必要な3分の2の議席を与えていません。

自民党も単独では議席の過半数を割り込みました。

改憲に固執する首相の野望を許さない国民の意思は、明白です。

首相の発言(13日)は、父親の安倍晋太郎・元外相の墓参りの後、記者団に語ったものです。

「令和の時代を迎え、その幕開けの国政選挙で勝利をおさめることができた」

「自民党立党以来の最大の課題である憲法の議論を国会でいよいよ本格的に進めていくべき時を迎えている」と表明しました。

参院選で「勝利」したなどというのは、選挙結果を真摯(しんし)に受け止めない全くの強弁です。

「早期の憲法改正」を公約に掲げた自民党は、改選比で、9議席も減らしています。

時事通信が発表した世論調査(16日)でも、安倍政権下での憲法改定に「反対」が41・3%で、「賛成」の32・1%を大きく上回っています。

選挙結果で見ても、世論調査で見ても、国民は、安倍政権下での改憲を進めることを望んでいません。

首相は2017年の憲法記念日での改憲派集会へのメッセージなどで、9条に自衛隊を書き込むなどの改憲を20年に施行させることを目指すと明らかにしました。

自衛隊明記で、戦力不保持・交戦権否認を掲げた9条を死文化し、武力行使のための自衛隊の海外派兵などを可能にするものです。

しかしこの改憲スケジュールは、首相の思惑通りには進んでいません。

自民党の改憲案の国会提示は、昨年の通常国会から、3国会連続でできませんでした。

衆参両院で改憲勢力が3分の2以上の議席を握っていた時でも、国民世論がストップをかけてきたのです。

先の参院選で「改憲勢力3分の2議席割れ」の審判を受けた後、なお首相がことあるごとに、改憲の執念を口にするのは焦りの表れです。

改憲議論の促進のために安倍首相に起用された、自民党の下村改憲推進本部長は、「秋の臨時国会はまず議論することだ」「衆参(両院)憲法審査会で意見を出し合って、テーマを絞り込んでいく流れができれば一番いい」と発言しています(時事通信インタビュー)。

とにもかくにも国会で、改憲論議を進めたいという姿勢です。民意に反した暴走は許せません。

安倍首相は参院選中、盛んに「憲法を議論する党か、議論しない党かを選ぶ選挙だ」と言いました。

とんでもない、議論のすり替えです。国民が求めているのは、憲法を守り生かす政治であり、改憲の議論ではありません。

憲法には9条だけでなく、「すべて国民は、個人として尊重される」と明記した13条、国民の生存権を保障した25条など、重要な条文があります。

大切なのは、その憲法を守り、現実を正すことです。

そのための議論こそ、積極的に行おうではありませんか。


昭和天皇の侵略戦争に関する手記が公開。

戦後約5年半にわたり初代宮内庁長官などを務めた田島道治氏が、昭和天皇とのやりとりを記録した手記が公開されました。

計18冊の手帳やノートに書き込まれた文書の中には、昭和天皇が戦争への「反省」の気持ちを表明したいとの意向を明らかにしていたことや、再軍備の必要性を繰り返し発言していたことなどがつづられています。

田島氏は1948年から宮内庁の前身の宮内府や同庁のトップを務め、在任中、600回を超える昭和天皇との対話を詳細に記録。

手帳には「拝謁記」と記されており、遺族から提供を受けたNHKが一部を公開しました。

手記には、昭和天皇が1952年5月、サンフランシスコ講和条約を受けた日本の独立回復を祝う式典での「おことば」で「反省」の気持ちを表明したいと田島氏に伝えたものの、当時の吉田茂首相の反対で削除されたとのやりとりが記録されています。

昭和天皇は「どうしても反省といふ字をどうしても入れねばと思ふ」(同年1月11日)、「私ハ反省といふのは私ニも沢山(たくさん)あるといへばある」(同2月20日)などと強く希望したとされます。

昭和天皇が戦争への「反省」を述べようとしたこと、それが首相の反対で「封印」されたことを示す史料です。

一方で、戦争の開始については「平和を念じながら止められなかった」「東条内閣の時ハ既ニ病が進んで最早(もはや)どうすることも出来ぬといふ事になつてた」(51年12月14日)などと繰り返し自己弁護を展開。

陸海軍の統帥者として侵略戦争に直接の責任を負っていたことへの自覚はまったくみられません。

また、南京虐殺事件(1937年)について「支那事変で南京でひどい事が行ハれてるといふ事をひくい其筋(そのすじ)でないものからウスウス聞いてはゐたが別ニ表だつて誰れもいはず従つて私は此事(このこと)を注意もしなかつた」と述べるなど、日本軍の蛮行を当初から知っていたことが記されています。

さらに、終戦にかんして「私ハ実ハ無条件降伏は矢張りいやで、どこかいゝ機会を見て早く平和ニ持つて行きたいと念願し、それには一寸(ちょっと)こちらが勝つたような時ニ其(その)時を見付けたいといふ念もあつた」(52年3月14日)という記述もあります。

1945年2月に近衛文麿元首相が早期終戦を上奏した際、「もう一度戦果をあげてから」と退けたことは知られていますが、天皇の肉声として「一撃講和論」が明らかになったのは初めてです。

ここには、体制維持(天皇制護持)を優先し、東京大空襲や沖縄戦、広島・長崎への原爆投下など筆舌に尽くし難い惨禍を招いたことへの反省はみじんもみられません。

昭和天皇は生涯、公には戦争への「反省」を口にしませんでした。

しかし、今回、きわめて不十分であっても自ら「反省」をのべていたことが明らかになった以上、侵略戦争の責任がどこにあったのか、天皇の役割と責任はどうだったのか、国民的な検討と議論が求められます。


仙台市議選は終盤戦に。日本共産党の躍進でくらしに希望を。

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16日に告示、25日投票の仙台市議選はいよいよ終盤戦に入ります。

猛烈な暑さのなか、激しいたたかいが市内各地で繰り広げられています。

若林区では妻の庄司あかりが3期目を目指して猛奮闘中。

今回の選挙でうったえているのは、「私にしかできないことがある。2期8年、みなさんと取り組んだ実践を基に3期目もあかりをともします!」。

この間、選挙を前にして市民のみなさんから2期8年の活動に様々な評価、そして熱い激励と期待の声をお寄せいただいています。

地元・荒町商店街のみなさんからは市営バスの減便対策や中小・自営業、商店街振興に共に取り組んだこと。

沿岸部で甚大な被害を受けた被災者の方々からは、復興公営住宅の家賃減免継続に向けて署名を共に集めたこと。

子育て中のママさんパパさんからは、公立保育所の民営化後に給食の主食代軽減や学校へのエアコン設置求める活動に共にがんばり、子ども医療費助成対象を中学卒業まで拡大し、35人以下学級を中学全学年で実現させたこと。

さらに、LGBTQの当事者の方々と共に学習会を開き、多目的トイレやパートナーシップ条例創設に向けて運動を進めるなど、様々な立場や分野のみなさんと共に草の根から、政治を変えるために活動してきました。

今期の重点公約としては、認可保育所増設で待機児童ゼロ、給付制奨学金、特養ホーム増設、中小企業への支援と一体に正規雇用拡大、被災者のみなさんのコミュニティ支援や深刻な雨水、冠水対策などをうったえています。

また、自身が2歳の娘を子育てしながら働く、子育て世帯の当事者として、子育てや保育環境に関するママさんパパさんからの相談もたくさん寄せられています。

河北新報の市議選特集では、市議会規則で休会理由に出産・育児休暇がない問題を当事者として追及し改善させたこと、子育てしながら議員活動する様子が大きく報道されました。

ますますパワーアップし、様々なみなさんと共に力を合わせて、政治にあかりをともす、庄司あかりを再び市議会に送り出してください。

そして、仙台市議選で日本共産党を大きく伸ばしていただきますよう、心よりよろしくお願いいたします。

「放送を語る会」がN国党を批判。

放送関係者や市民らでつくる「放送を語る会」はこのほど、「NHKから国民を守る党」の主張を批判する見解を発表しました。

見解は、「同党のさまざまなふるまいには重大な問題がある」としたうえで、同党の「NHKをぶっ壊す」というスローガンと「NHKの放送をスクランブル化する」という主張に限定して表明。

見解では、「放送法は、NHKを、国費でもCM収入でもなく、視聴者の受信料だけで運営する放送機関とした。

国家権力からも企業の支配からも自由に、独立して自律的に放送事業を行うことを可能にするための制度である」と指摘。

この制度にもとづく「公共放送」によって、「マイノリティーのための番組、教育現場への教材を提供する学校放送番組、文化の継承のための古典芸能番組など、視聴率に左右されない放送を実施できている」として、国民の共有財産ともいえる「公共的放送機関をなくしてはいけない」と強調しています。

「スクランブル放送」については、「放送内容を暗号化し、電気的に攪拌(かくはん)して放送する方式で、視聴者が放送を見るためには、このスクランブルを解除する手段を入手しなければならず、そのために視聴者はNHKと契約が必要になる」システムだと指摘。

「受信料収入が激減することは避けられない」として、「ETV特集」や「NHKスペシャル」など時間と経費の掛かるドキュメンタリーは制作が困難になり、「視聴者市民の知る権利が大きく損なわれる恐れがある」とのべています。

NHKに対しては、N国党が一定の得票を得た事実を「深刻に受け止める必要がある」として、▽政権広報のような政治報道を改めること

▽会長の公募制など、経営への視聴者参加の方策を案出すること

▽番組やニュースに関する視聴者の意見や批判に丁寧に答えること

▽委託法人等による暴力的な受信料契約強制をやめること―などを求めています。


森友学園問題、不起訴処分に。今こそ疑惑解明へ国会が役割果たすべき。

大阪の学校法人「森友学園」への国有地の格安払い下げや、財務省の決裁文書の改ざん・廃棄などが行われていた問題で、大阪地検特捜部は先週、佐川・元財務省理財局長や職員らを再び不起訴処分にしました。

特捜部が昨年5月不起訴処分にした後、くじで選ばれた市民で構成する大阪第1検察審査会が今年3月「不起訴不当」としたため、再捜査が行われましたが、結論は変わりませんでした。

これで疑惑に幕引きすることは許されません。

疑惑を解明し、政治責任を明確にするため、国政調査権を持つ国会が役割を果たすことがいよいよ必要です。

「森友」疑惑は一昨年2月に一部の報道などで、大阪府豊中市内の国有地が、同地に小学校の開設を計画した「森友学園」に、鑑定価格から9割近くも値引きした破格の安値で払い下げられたことが発覚したのが始まりです。

開設予定の小学校の「名誉校長」が安倍首相の妻の昭恵氏だったことも明らかになり、国政を揺るがす大問題に発展しました。

発覚後の国会での野党の追及やマスメディアの調査で、昭恵氏といっしょに学校予定地を視察した際の写真を前理事長が財務省に見せたり、昭恵氏付きの政府職員が財務省に問い合わせをしたり、前理事長が「昭恵氏が棟上げ式に来る」と伝えたことなどが、国有地の不当な処分の背景になったことが浮き彫りになりました。

疑惑発覚直後、安倍首相は「私や妻(昭恵氏)が関係していれば、首相も国会議員も辞める」と国会答弁し、それに合わせて佐川氏らは、国会で決裁文書は「廃棄した」などと主張し、安倍首相と妻の昭恵氏をかばい続けてきました。

財務省自身の調査で昨年になって、一部の決裁文書などが出てきたことから、佐川氏らの国会での虚偽答弁や払い下げの決裁文書など公文書の隠ぺい・改ざん・廃棄は首相の答弁に合わせて実行されたことが裏付けられ、国民の怒りはさらに広がりました。

言うまでもなく国有地は国民の共有財産であり、公文書は国民共有の知的資源です。

その不当な安値での払い下げや、公文書の違法な隠ぺいや改ざんが、あいまいに済まされていいはずはありません。

日本共産党などの野党が再三、国会の予算委員会などを開いて、「森友」疑惑を徹底審議するように求めても、安倍首相と与党は、それに背を向けています。

安倍首相や与党は昭恵氏らの国会への証人喚問に応じようとしません。

文字通り、「森友」疑惑を議論し、真相を解明する党か、議論しようとせず、疑惑の真相解明を妨げる党かの対比は鮮明です。

佐川氏らの監督責任がある麻生財務相・副総理は、佐川氏(当時国税庁長官)を辞職させただけで自らは職にとどまり、麻生氏を任命した安倍首相も、麻生氏や昭恵氏をかばい、疑惑を明確にしないことは重大です。

行政が正常に機能しないなら、国会がその責任を果たすしかありません。

与党は速やかに、衆参予算委員会の開催や、昭恵氏らの証人喚問を認め、疑惑の解明に協力すべきです。

司法の捜査が終結したからと言って、民主主義社会の根幹に関わる「森友」疑惑の解明を終わらせてはなりません。

改正子どもの貧困対策推進法による対策大綱見直しへ。

子どもの貧困対策推進法にもとづき政府が決定する「対策大綱」の見直しの議論がすすんでいます。

今月初め、内閣府の有識者会議が、新たな大綱に盛り込む施策の在り方を示す文書をまとめました。

先の通常国会では、子どもの貧困対策推進法の改正も行われました。

家庭の経済的困難が子どもの現在と未来を閉ざしている現状を打開することは、待ったなしの課題です。

今年度中に5年ぶりに改定される新大綱を実効性のある中身にすることをはじめ、政府が子どもの貧困解消に向けて真剣に取り組むことが必要となっています。

日本の子どもの貧困率(平均的な所得の半分に届かない世帯にいる18歳未満の子どもの割合)は13・9%(約7人に1人)と、依然として高水準です。

夏休み期間中に学校給食がなくなるため、やせてしまう小中学生も少なくありません。

こんな現実をいつまでも放置していいはずがありません。

貧困と格差の広がりは、どの世代にとっても大きな問題です。

発達・成長の過程にある子どもの貧困は、その子どもの可能性を制約するだけでなく、貧困が次世代に引き継がれる危険をつくりだす点からも、影響は一層深刻です。

子どもの貧困対策に取り組む市民らの運動を背景に、2013年に子どもの貧困対策推進法が全会一致の議員立法で成立しました。

同法は14年に施行されて5年が経過する中、見直しの要望も高まり6月に改正が実現しました。

法律の目的で「子どもの将来がその生まれ育った環境によって左右されることのないよう」とあった条文の「将来」の前に「現在及び」を書き込みました。

これで貧困対策が「将来」のための学習・就労支援だけでなく、「現在」の子どもの生活改善のためにも力を入れることが明確になりました。保護者への就労支援も「所得の増大」や「職業生活の安定と向上」に資するようにすることが位置付けられました。

また、国連の子どもの権利条約の精神にのっとって、子どもの利益を最優先に対策を推進することなども記されました。

法改正を生かし、子どもをはじめ当事者らの意見を踏まえるなどして、切実な声と実情にかみあった新大綱をつくることが重要です。

内閣府の有識者会議が7日にまとめた新大綱の施策の在り方についての文書も、法改正を受け、子どもの貧困対策の地域間格差をなくす取り組みなどを求めています。

子育てや貧困を家庭だけの責任とせず、地域や社会全体で解決することの大切さも提起しています。

安倍政権は指摘を受け止め、施策を拡充すべきです。

安倍政権は、貧困解消を求める国民の願いに逆らい続けています。

大企業のもうけを優先する安倍政権の経済政策「アベノミクス」は、貧困と格差を広げています。

生活保護費削減をはじめ相次ぐ社会保障破壊は、貧困世帯を苦境に追い込んでいます。

10月からの消費税率10%への引き上げは低所得者の暮らしに打撃を与えます。

子どもの貧困の解消にも逆行する消費税増税は中止しかありません。

消費税に頼らず、大企業・大資産家に応分の負担を求めるなどして財源を確保し、家計の応援、社会保障や教育への支援を拡充する政策へ転換することが急務です。



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