山元町で「地域を耕す」様々な団体のみなさん。関係案内や交流拠点、子育て支援に学ぶ。

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いよいよ24日(日)に迫った「仙南・子育てシンポジウム」。

この間、子育て真っ最中の党員や女性団体の役員で共産党を応援してくださるみなさんといっしょに仙南のあちこちを訪ね、子育て支援団体さんやママ・パパさんへご案内活動に駆け回っています。

先日は山元町に。まず向かったのは大震災を契機に若いみなさんが集まり、全国各地から山元町をいきつけにして来てもらう「観光以上・定住未満」の「関係人口」を増やすため、様々なユニークな事業を展開されている一般社団法人さん。

山元町に興味を持ってもらうために観光ではなく「関係」案内所と名付けられたコミュニティスペースやそれぞれのメンバーが多くの人と出会い、関係案内所の役割を果たすこと、海外の方も含めて移住されている例や思わず手に取って見入ってしまう山元町の人や自然、食などを紹介するパンフなど魅力的でクリエイティブな活動の数々。

これらをお聞きし、地域を誰かから言われたのでもなく、自主的に、自立的にがんばる若いみなさんが耕している。

農業で例えれば、耕すことで空気が入り無数の微生物の活動が活発化し、豊かな土壌がつくられる、まさに地域を耕していると心の奥底が揺さぶられました。

その後は津波で破壊され、内陸に移設、高架化されたJR常磐線の坂元駅そばに新たにできた農産物や海産物の直売所であり、町の観光案内も兼ねている「やまもと・夢いちごの郷」へ。

お昼は何度かおじゃましたことのある山下の商店街にある「やました幸街堂」のラーメン屋さんで。フェイスブック等で閉店という文字に驚き、急いで行ってみたのです。

こちらは2015年に大震災と過疎化でお店が激減した町の中心部である山下商店街ににぎわいを取り戻そうと県や町の復興予算支援を受け、ラーメン屋さんやパスタ屋さんなどのチャレンジショップが始まり、地域の重要な交流拠点として親しまれていたものの、予算の打ちきりなどにより存続ができず、いったん休止されることになってしまったとのこと。

しかし、存続を願う多くの町民のみなさんや町外の方々の思いに応えるため、クラウドファンディングによって活動資金を募る活動が行われるそうです。

こうした活動に全力で取り組む一般社団法人の若い代表の方から、この間の様々なプロジェクトについてお聞きしました。

山下商店街は大震災前は町の文字通りの中心部でしたが、震災後、内陸に移転した山下駅のまわりに小学校やスーパーなどを集中、被災された方々が移転、新築された新住宅地が造成されたことにより、町中心部の風景は一変。

山下商店街の地域ではお店が激減し、これからどうにぎわいをつくるかが課題となっているそうです。

最後は、町から委託を受け、子育て支援事業を行っておられるNPO団体を訪ね、職員の方からお話を伺ってきました。

山元では昨年末から、「子育てするなら山元」を合言葉にファミリー・サポート・センターが開設。

子育ての支援を希望する会員、支援を担う会員が登録し、地域で助け合う制度が始まり、子育て世帯のみなさんからたいへん喜ばれているそうです。

職員の方からは「農村地域で祖父母世代との同居も多いが、大変な子育てへの支援が喜ばれている。大震災後に人口が減り続ける状態だが、鉄路に加え、常磐道の山元インターから仙台に向かう利便性などもあり、山元町で子育て世代が多く住んでもらえれば。」とのお話をお聞きしました。

ファミリー・サポート・センターがある子どもセンター内部は雨天時にも元気に遊べるフロアや図書室、調理や各実習など様々な体験ができる部屋があり、学校帰りの小学生たちがさっそくやってきては宿題や遊びに取り組んでいました。

こうした若い方々による定住支援や町おこし、そして地域商店街の活性化、さらに新たな子育て支援などの意気高い取り組みの一つひとつが集まり、それらが地域をつくり、活力を生み出しているのだと実感しました。

地域の現場、最前線で活動されているみなさんからのお話は一つひとつがとても重厚で深いものがあり、もっともっとこの「地域を耕す」みなさんから学びたいと改めて感じる一日でした。



岩沼・千年希望の丘植樹祭お知らせのCM撮影会に参加。

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いつもお世話になっている岩沼市民の方からご案内をいただき、千年希望の丘で5月に行われる恒例の植樹祭をアピールするための仙台放送のテレビCM撮影とエフエム仙台のラジオCM録音に岩沼市内で被災された若い方とともに参加してきました。

千年希望の丘は大津波の被害によって災害危険区域として居住ができなくなった岩沼市沿岸部の南北10キロ以上に渡って整備されたもので、15基の人工の丘、それに30万本以上の植樹をすることで森の堤防、緑の防潮堤をつくるプロジェクトです。

津波到達時には海側から、コンクリートの防潮堤、この千年希望の丘、そして貞山掘、最後に玉浦希望ラインと名付けられたかさあげ道路と幾重にも整備された多重防御という津波対策になっており、丘は避難用の高台にもなります。

この丘の土台には大津波により流出した家屋の基礎や津波堆積物などのいわゆる震災がれきが用いられ、市の震災がれきの9割が丘をつくるため再利用されているそうです。

今回の会場となった千年希望の丘・二野倉公園は大震災前、工場や海浜プールがあり、津波で18人の方々がお亡くなりとなった二野倉地区にあります。

ともに参加してくれた若い方はこの海浜プールのすぐそばに住んでいた方で津波が住宅を直撃し、基礎もほとんど残らないほどの被害を受けました。

今回、ひさしぶりに二野倉を訪れ、千年希望の丘やひつじ村などが整備された様子を見て、津波対策や復興の新たな姿に驚くとともに完全になくなってしまった以前の集落の様子を懐かしんでいる様子でした。

植樹祭アピール用の撮影と録音会には岩沼市内をはじめとして多くの家族連れや子どもさんが参加され、岩沼市イメージキャラクターの「岩沼係長」や全身グリーンの「植樹マン」、さらにエフエム仙台のパーソナリティである奥口ふみゆさんも登場!

植樹する植木を持ちながら、みんなで丘の上から千年希望の丘のテーマソングを撮影用のドローンが飛ぶ上空に向かって元気よく歌う、たいへんにぎやかな場となりました。

「命を守る♪一年、十年、百年、千年先も伝えたい〜♪千年希望の丘〜♪」と私も子どもさんたちとともに元気いっぱい歌いました。

丘の向かいにある、岩沼ひつじ村ではちょうど定期的に開催されているひつじ村市の真っ最中。

ひつじ村は人々が生活していた、かけがえのないふるさとが被災し、荒廃していく様子を心配なされた青年海外協力隊関係のみなさんが雑草をもりもり食べるひつじを放牧し、被災地の環境保全と多くの方々が岩沼を訪れてもらうようにつくったと以前お聞きしました。

敷地内にはモンゴルから運んだという遊牧民のテントであるゲル、その室内には震災当時からひつじ村建設までの過程がわかる資料の展示、そして広々とした草原を元気に駆け回るたくさんのひつじたちに会うことができます。

いよいよ始まる統一地方選。秋田県横手市の支援に。

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いよいよ始まる統一地方選挙。3月29日告示の秋田県議選・横手市区の我妻けい子さんの応援に共産党名取南支部のみなさんとともに行ってきました。


今年は雪が少なかった宮城県平野部。その名取のみなさんは岩手の錦秋湖や和賀郡などの豪雪地帯に入ったとたん、大量に残る白雪に大興奮。


広々とした秋田米の田んぼ一面に広がる雪を見ながら横手の農村部をビラ配布や街頭演説に取り組みました。


ある集落で私がマイクで話していると最後まで聞いてくださる農作業姿の方の姿が。


お礼かねがね、宮城県から応援におじゃましましたとあいさつに向かうと「実はおれには名取市閖上に農業や漁業にともにがんばった大切な友だちがいるんだが、東日本大震災後に連絡がいまだに取れず心配しているんだ。


その名取から応援に来たと聞いてびっくりした。


大変な被害で被災されたみなさんのことは被災地から遠い秋田でも日々考えている。


おれは農業を長く続け、地元のJAにも関わっているが、その会長が我妻さんを農業を守る候補者と評価しているのも聞き、農家のみんなで勝ってほしいと話もしているからがんばってな。」とあたたかい激励をいただきました。


日本海側で遠く離れた方が被災地のことを思ってくださることへの感謝と同じ東北人としての連帯、東北魂の熱い想いがしみわたってくるような出会いでした。


男女兼用の授乳室。パパさんも気軽に使える赤ちゃん休憩スペース。

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以前、ブログやフェイスブックで書いた商業施設や公共施設の女性トイレだけ赤ちゃんのおむつ交換設備があり、パパさんがおむつ交換できず、シングルファザーさんやパパのみお出かけ時の不便やいまだに育児も性別役割分業なのかという問題。

このことから、いろんな施設のトイレやおむつ交換台を意識的にチェックするようにしていたら、なんとこちらのある商業施設には赤ちゃんの休憩スペースに「男女兼用の授乳室」がありました!

それも女性用のが赤の表示、こちらのは青の表示になっており、ステレオタイプですが、一見したら「パパの授乳室」のように見えます。

このスペースに入った瞬間に一般のトイレのように男女それぞれが使えるという分かりやすいアピールがあるのは、赤ちゃん連れのパパさんに自分たちも気軽に使えるんだと安心させる効果があるように思います。

入り口の表示を見たら「パパもご利用できます。」とありました。

中もかなり広く、夫婦揃って赤ちゃんの授乳作業をする場合やパパさんが赤ちゃんに静かな環境で授乳する場合などいろんな用途に幅広く活用できるのかと思います。

また、ある施設では小さな子どもさん用のキッズトイレを発見しました。

男の子であれば、まだ大人用の小便器にしづらかったり、両性ともに個室の便座には大きくて大変という子どもさんのために大人用のミニチュアのような小便器や便座があります。

これであれば自然な体勢で排便ができ、画期的な仕組みだと感心しました。

女川原発再稼働是非問う県民投票条例案が自公により否決。11万超の県民世論に背を向ける。

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女川原発の再稼働を問う県民投票条例案についての県議会本会議で採決が行われ、残念ながら、自民党、公明党などの反対多数で否決、県民投票は実行されないことになってしまいました。

以下は「女川原発再稼働の是非を問う県民投票を実現する会」の代表である多々良さんやみなさんが本会議採決後に発表された見解です。

→宮城県議会2月定例会最終日の今日、県民投票条例案が修正案・原案とも自民・公明の反対多数により否決されました(ただし藤倉知格議員は採決時に退席しました)。

まことに残念、とても悔しい気持ちでいっぱいです。


しかし、県民投票の実現には至りませんでしたが、今回の運動で達成したこと、獲得したものはたくさんあると思います。

皆さんと一緒に、それらを確認しながら、次の運動の展望を描いていきたいと思います。


そのために、4月14日(日)午後1時30分より、仙台弁護士会館にて、「報告集会」を開催します。ぜひお集まりください。

今日の囲み取材ではあまりうまく話せませんでしたが、こんなこと↓を言いたかったのです。

「今日の本会議で県民投票条例案が否決され、まことに残念。とても悔しい。

議会と知事は、11万県民の願いを受け入れず、県民が意思表示する機会を奪った、その責任は非常に重たいと自覚していただきたい。

この先まもなく、女川原発2号機再稼働に同意するのか否か、知事と議会に問われるときが来る。

そのときに、どうやって県民への説明責任を果たし、どういう答えを出すつもりなのか? 

県民投票を拒んだ議員と知事は、この重大問題に自分たちが全面的に責任を負うと言ったことを意味する。

その自覚が、覚悟が本当に彼らにあるのか、甚だ疑問だと言わざるを得ない。

私たちは今後も厳しく問うていく。

この県民投票運動は、多くの県民の共感を呼び、広範な県民が参画する運動となった。

女川原発2号機再稼働問題が、多くの県民の関心事となり、問題意識を持つこととなった。

このことの意義は非常に大きい。立場表明や議論を避け、情報を与えず、ギリギリまで県民がこの問題に気付かないように、関心が向かないようにしようという思惑は崩れ去った。

私たちは、今回の運動で、県民世論が私たちの側にあることを実感し、「民意は我にあり」を再確認した。

11万県民の署名によって、私たちが目指した「民意を形にし、力に変える」ことに、かなりの手応えを得ることが出来た。

私たちは、今回の運動を土台にして、「民意を形にし、力に変える」運動を、さらに広く大きく進めていく。」

宮城県農業高校の生徒さん、閖上の水産業者さんが力を合わせて作った「パリッと閖上おにしらす」

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いわさきちひろや平塚らいてうなどが創立し、日本最大級の女性団体であるとともに、国際NGOの新日本婦人の会発行の「新婦人しんぶん」東日本大震災・原発事故から8年の特集にに名取市の宮城県農業高校(略称・宮農)の生徒さんらの記事が掲載されました。


大津波により名取市の沿岸部、広浦地区にあった宮農は校舎や農場すべてが流され、壊滅的な被害を受けました。


教師の方によると「生徒たちが育てていた牛の留め具を外し逃がしたが津波にのまれていった。


津波は生徒から友だちも、牛や馬も、普通の高校生活も奪った。


被災地はマイナスからの出発だった。だからこそ、マイナスからプラスに、大人が無理と思うことも高校生がやれば、時代を動かせると話している。」とサポートしてこられたそうです。


宮農に全国から寄せられた募金を新婦人のみなさんが届けたことから交流が始まり、内陸に校舎が新たに再建されたお礼と落成式の招待状が新婦人に届けられたそうです。


宮農の生徒のみなさんは、塩害で農作物が作ることができない農地に塩分に強いそばを育てるプロジェクトや特産のメロンの栽培、さらに全国各地の高校生が地域の特産品を活用した料理を披露する「ご当地!絶品うまいもん甲子園」で優勝するなどの快挙を成し遂げました。


優勝したメニューは2017年に宮城県で解禁され、「北限」として一躍有名になったしらすを用いた「パリッと閖上おにしらす」。


17年はわずか2キロだった水揚げが翌年には40トンとなったしらすをアピールしようと地元の加工業者さんと宮農の農業経営者クラブの生徒さんらが宮農で収穫した宮城県のブランド米「だて正夢」に甘辛く炒めたしらすと具材を混ぜ、焼いた春巻きの皮で包んだ斬新な料理を開発しました。


おにぎりの様だけどにぎっていないことから命名された「おにぎらず」としらすを掛け合わせたことからこのネーミングになったようです。


閖上港に新たにできた水産加工団地にあるしらす加工業者の「鈴栄」さんは「もう魚屋はやらなくてもよいと思ったが高校生の一生懸命話す姿に勇気づけられた。」と話し、また生徒さんらは「新たな土地で借金しても何とかがんばりたいと鈴栄さんから聞き何か役に立ちたいと思った。」と語っており、世代を超えて、相互に刺激しあい、復興のために力を合わせたコラボでこの料理が生み出されたことが伝わります。


津波により大きな被害を受けたこの地域で高校生のみなさんが地域の方々とつながり、復興へと向かう姿に多くの市民の方々が励まされています。


高すぎる学費、ローン化する奨学金問題、学生のくらしを学生グループが実態調査。

高すぎる学費や、奨学金という名の借金が進学・進路を選ぶ壁になっていることが11日、アンケート調査をした学生グループが文部科学省で行った記者会見で明らかになりました。

多くの学生が、経済的な理由によって教育の機会が阻まれているとのべ、「すべての学生を対象に、高等教育の無償化が必要です」と訴えました。

調査を取り組んだのは、さまざまな大学に通う学生でつくる「高等教育無償化プロジェクト FREE」(FREE)です。

昨年9月から12月末の間にアンケートを実施し、140の大学・専門学校の学生1457人から回答が寄せられました。

調査結果では、進学にあたって59・5%の学生が「学費を判断基準にした」と回答。39%が、「将来の進路を考える上で、学費や奨学金の影響があった」と答え、奨学金利用者だけで見ると70・7%に上りました。

91・3%がアルバイトをしており、5割超の学生が「学習・睡眠時間が削られている」と答えました。

会見では、同グループ代表を務める岩崎詩都香さん=東京大学2年=が調査結果を報告。

「豊かな未来をつくるために、教育は必要です。学生だけでなく、社会にとっても高等教育の無償化が求められています」と語りました。

政府の「高等教育無償化」法案について「これで高等教育の無償化が実現したとは言えません」と強調しました。

山元町の牛橋河の河口。万里の長堤とも呼ばれる防潮堤と植樹で再生図る防災松林。

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山元町の牛橋地区にある、牛橋河の河口です。

町西部から一本太い川が流れ、それが海の近くに行くと大きな湖のような形になっているその姿は隣の亘理にある鳥の海と同じく汽水湖のように見えます。

近くには大震災後に2014年に再整備された牛橋公園や楽天イーグルスの練習場などもあります。

東日本大震災の大津波がこの牛橋地区にも直撃し、山元町では浸水面積は町の37%を超え、636人もの方々、この牛橋地区でも69人の方々がお亡くなりになりました。

この牛橋河口や排水機場がある太平洋のすぐそばにも痛々しい住宅のブロック塀の跡がありました。

海からの強風や塩分から人家を守る宮城県伝統の屋敷林であるイグネや防風林などがたくさんあったものの、大津波で大量の松が根こそぎ流され、この牛橋河口に堆積する被害もありました。

山元町は南北に長く、南は福島県の新地につながるわけですが、長い砂浜海岸は約11kmに渡っています。

その海岸沿いに整備された防潮堤がこの牛橋河口からも見えるのですが、河北新報で「万里の長堤」とも表現されていたことが実感できるものすごい長さのそれを見渡すことができます。

北は亘理、岩沼方面に向かって、まずは鳥の海温泉の高い建物から岩沼の製紙工場の煙突、そして仙台湾へ、南は新地の奥に見える火力発電所の煙突やかすかに点滅する警告灯がはるか遠くに臨めます。

また、山元町では、津波で壊滅的な被害を受けたこの地域の海岸の防災のための松林を再生させるために2〜3メートルの盛り土をして、そこに深く松の根を張らせる生育基盤盛り土を行い、住民の方々が松の植樹を行っておられるそうです。

津波被害が2度とないように強靭な防御力をという理由で整備された防潮堤と自然を活かし、景観にも配慮しながら住民の方々も参加し作られている防災松林が同居する風景。

「昔から見ていた海が見えなくなる。大量のコンクリートで目の前が塞がれる。自然の脅威に逆らうことはできないから避難計画や1つの大きな防御物に頼らず多重防御の考えを。」など、この果てしなく長く、とてつもなく大きな防潮堤には様々なご意見が被災者の方々から寄せられています。

災害大国のこの日本でどんな対策が必要なのか、そのことを改めて問い直す、考えさせられる場だとこの牛橋河口に来て思いました。



被災者の方々の切実な声に応える政治の実現を。

東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の発生から11日で8年となりました。


未曽有の大規模広域災害による犠牲と被害は甚大で、岩手、宮城、福島の3県を中心に5万人超が避難生活を続けるなど深刻な課題は山積したままです。


避難の長期化、復興の立ち遅れの中で、被災直後と異なる新たな苦難に直面している人が数多くいます。


被災者一人ひとりの切実な声にこたえた、きめ細かな支えが求められます。


国は支援の手を緩めることなく、責任を果たすべきです。


住まいを失った被災者の方々が入居する災害公営住宅(復興住宅)は、3県で計画された約3万戸がようやく完成予定ですが、入居者への支援が重要となっています。


プレハブ仮設で顔なじみだった人と別の住宅となって周囲との関係が薄れ、単身の高齢者などは孤立しがちです。


災害公営住宅で誰にも気づかれずに亡くなる「孤独死」は増加しています。


災害を生き抜いた人の命が、このような形で失われることはあってはなりません。


ところが見守りや心のケアをはじめ、入居者を支える公的な支援員が常駐する住宅は一部です。


入居者の状況を日常的に把握し支援できる人員配置など手厚い仕組みを整えることが急がれます。


仮設住宅の被災者支援は引き続き大切です。


経済的事情などで住まいが確保できず、4月以降プレハブ仮設住宅には約600世帯1300人、民間住宅を借り上げた「みなし仮設」には2300世帯以上が残ると報じられています。


入居者が減ったプレハブ仮設団地では管理が困難になるなどのケースもあります。


取り残される被災者の方々を生まない丁寧な対策が不可欠です。


災害直後から壊れた自宅で生活を続けざるをえない在宅被災者の方々への支援強化は待ったなしです。


福島県では県発表でも、なお4万1000人以上の方々が避難を強いられています。


このほか「自主避難者」の方々も多くおられます。


長引く避難の中で震災関連死は2200人以上にのぼり、直接死を上回るなどの深刻な事態が続いています。


多くの福島の被災者の方々は、原発事故が奪った、ふるさとでの平穏な暮らしをいまも取り戻すことができません。


帰還困難区域以外での避難指示は解除されましたが、居住率は23%です。


戻ろうとして自宅を整備した人も、周囲に病院や買い物ができる場所もないため帰還を見合わせるなどしています。


戻った人も、戻っていない人も苦悩しています。


避難指示解除を理由に支援・賠償の打ち切りをすすめることは許されません。


原発事故の賠償責任を果たさず、被害者切り捨てをすすめる国と東電の姿勢は重大です。


画一的に線引きせず、被災者の方々が生活と生業を再建できるまで責任を持つべきです。


人口減少や高齢化などをはじめ被災地は大きな困難を抱えたままです。

 

安倍政権は「復興・創生期間」を2020年度で終えますが、その後の方針具体化はこれからで、支援の縮小につながらないかと警戒と不安の声が絶えません。


この8年の被災地の深刻な状況は、安倍政権の下での被災者支援・復興の問題を浮き彫りにしています。


上からの押し付けの施策でなく、被災者の方々に真に寄り添った支援・復興への転換こそが必要です。



被災者の方々のくらしと生業の復興に向けて。

東日本大震災から8年を迎えるにあたり、あらためて犠牲となられた方々に哀悼の意を表するとともに、被災者のみなさんにお見舞いを申し上げます。

日本共産党は、被災者の生活と生業(なりわい)を再建し、復興を成し遂げるまで、国民のみなさんとともに全力をあげる決意を新たにします。

1、被災者の生活と被災地の復興に、必要な支援を行い、国が責任を果たすことを求める

東日本大震災から8年が経過しましたが、被災者の生活と生業の再建も、被災地の復興も道半ばで、被災から長い時間が経過したことによる新たな困難も生じています。

ところが、国が設定した「復興・創生期間」10年の終了が迫り、復興庁や復興特別交付金の廃止をはじめ国の復興支援策が抜本的に減らされる、という不安が広がっています。

実際、安倍政権はこれまでも被災者支援の打ち切りと縮小を次々に行ってきました。

未曽有の大災害であり、大きな被害を受けた地域ほど困難で大規模な事業が必要になっています。

10年という一方的な期限をたてに、被災者と被災地を切り捨てることは絶対にやってはなりません。

国が最後まで、被災者の生活と生業の再建と被災地の復興に責任を果たすことを求めます。

住宅再建支援の継続・強化と災害公営住宅家賃の値上げ回避、孤独死が急増しているなかでの子どもや高齢者をはじめ被災者の心のケアと見守りやコミュニティーの確立、医療・介護、子育てと教育への支援など、被災者の生活と健康への不安を解消する取り組みの強化が必要です。

被災地の産業再生も正念場を迎えており、グループ補助金に伴う借入や災害援護資金の返済猶予をはじめ、被災した企業、事業者の再開支援を最後までやり遂げることを求めます。

2、東日本大震災の痛苦の教訓を生かし、被災者支援制度と復興支援策の抜本的な強化を

東日本大震災の被災地は多大な困難に直面しましたが、それは被害の大きさだけではありません。

わが国の制度が大規模災害からの復旧・復興に対応できない、不備だらけのものだったことが、被災者と被災地に多大な困難と負担をもたらしています。

被災した住宅や市街地の再建に、災害対策ではない区画整理事業や、災害を受ける前の制度である防災集団移転事業を、援用せざるを得なかったことで、復興事業に多くの時間と労力が費やされました。

住宅再建への支援が最大でも300万円と少ない上に、対象も全壊と大規模半壊に限定されているために、住宅の自力再建を断念した被災者も少なくありません。

3700人を超える震災関連死も繰り返してはならない問題であり、避難場所の改善も急務の課題です。

市街地や商店街、中小企業・小規模事業所、農林水産業などの事業を再建する支援策も貧弱で、被災者の運動でグループ補助金制度はできましたが、本格的な支援策の構築が求められています。

公共事業を大型開発優先から防災・老朽化対策に転換するなど、防災のまちづくりをすすめることも国政上の重要課題です。

災害列島と言われる日本で、毎年のように大きな被害が起きています。

東日本大震災を上回るような大規模災害の危険も存在します。

東日本大震災の痛苦の教訓をくみとり、被災者生活再建支援法の抜本的改正と復興策の抜本的な強化を行うことは政治の責任です。

3、原発再稼働・推進のための福島切り捨てを許さない

福島県では、今も原発事故により4万人を超える人が避難生活を余儀なくされています。

避難指示が解除された地域での居住者は住民登録数の23%、小中学校の児童・生徒数は、原発事故前の10%です。

住民の帰還も、被災地の復興もすすんでいません。

ところが、避難指示の解除などを口実に、国も、県も、東京電力も被害者への支援と賠償の打ち切りを無慈悲にすすめています。

原発再稼働・推進のために福島の事故も被害も「終わったもの」にしようとすることは、絶対に許すことはできません。

2月20日、横浜地裁は、避難指示が出された区域からの避難者と区域外からの自主避難者に「ふるさとを喪失し、生活を破壊された」として賠償を命じる判決を下しました。

国の加害責任を認めた集団訴訟判決は全国で5件目となりました。

国と東電が、住まいの確保や完全賠償など、すべての被害者の生活と生業が再建されるまで、責任を果たすことを求めます。

安倍政権は、国民多数の意思を無視して、原発再稼働・推進の政治に固執しています。

しかし、「目玉」にしていた原発輸出は破たんし、原発がビジネスとしても成り立たないことが明瞭になっています。

日本共産党は、国民のみなさんとともに、原発ゼロの日本を実現するために、力をつくす決意です。


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